大魔王の戦歴

これは…リネレボのルウン鯖にて活躍する、とある大魔王の戦歴である。

とある反王の伝説

「ええいっ、忌々しい!」

男はそう叫び、机の上に乗る書類の山を怒りに任せて薙ぎ払うと、荒々しい声でその無礼な手紙を読み上げる。

 

「〝貴殿がアデンを統治するのは相応しくないので国を開け渡せ。さもなくば武力での衝突もいとわない〟だと?何処の馬の骨ともしれぬ血盟が、そう簡単に我の国を撃ち破れると思っているのか!?」

男は怒りに燃えた目でそれを見つめながら部屋をうろつき、しかししばらく経って表情を緩めた。

「いいだろう、力の差というものを他所に示すいい機会だ。……ケレニス!」

 

男がその名を呼ぶと、その姿は音も無く彼の前に現れ、ひざまづく。

「お呼びでしょうか、ケンラウヘル様。」

ケレニスと呼ばれたその女は、敬愛の念を込めて主君の名を口にした。

「この勇敢な愚か者に返事を書くための上質な紙を持ってきてくれ。もちろん内容は、戦いの挑戦を受けるということだ。」

ケンラウヘルは怒りながら、しかしどこか楽しそうにそう言った。

ケレニスは、ケンラウヘルが自分の主君になってから何度目かになる、その命令を聞くと、彼女もまた楽しそうに笑う。

「かしこまりましたわ。また国を守る戦争ですね?軍を鍛えて敵を討伐すること数多、ケンラウヘル様はすっかり指導者になられましたわね。」

「そうだろう。我の軍勢に勝てる者など居やしない。しかし戦いの際は慢心などはせずに、全身全霊で敵を討ち滅ぼすぞ。」

「だからこそですよ。ケンラウヘル様は十分お強いのに、油断することなく敵に当たられますわ。」

「当然だ。どんな敵でも見かけによらないことはある。臆病と慎重は違うのだぞ。」

「ええ、ええ。そうですわね。ですから……」

ケレニスはケンラウヘルの机の下に散らばる、先程自分が整理したばかりであった書類たちに目を向けた。

「もうちょっと、癇癪を抑えていただければと思いますわ。」

ケンラウヘルは気まずそうに頭をかきながら、謝罪を口にした。

「……いや、すまない。我も片付けよう。」

 

ケンラウヘルは、片付けながら書類の内容に目を通していく。

 

それに税に対する不満を述べる紙や、度重なる戦争へ駆り出される苦情のつづられた巻物が占めていた。ケンラウヘルは目を通すが、これらはすべて無視する。ここで戦いをやめては他国や他血盟に狙われてしまう。王となった以上、祖国を守る為には──苦しくない訳ではないが、くだらぬと自身に思い込ませての無視だった。

しかし、やはりそれ以上に──

 

「ケンラウヘル様は、本当に戦がお好きですね。」

そうだ。やはり血湧き肉躍る戦争の舞台に立つ感覚が忘れられない。

「本当ならば、小難しい国の政治を考えずに戦に没頭できればいいのだがな。我はアデンの国王だ。祖国を守らねばならん。国民が苦しんでもなお戦いをやめず、我がこの国の王であることを示し続けねばならん。……例え反王と呼ばれてもな。」

反王……善王の政治に比べ、税や戦により民を苦しめる暴君に捧げられし皮肉の称号。しかし彼には賞賛に聞こえる。自身が王位にあることがすべてである彼にとって反王という称号は、さらなる皮肉にも少なくとも彼の絶対王権を認めるものだからだ。

 

「………む?」

ふとケンラウヘルは、ひとつの黒い本に気がついた。初めて見るはずのその本は、なぜか懐かしさを感じさせる。

「ケレニスよ、これはなんだ?こんな本など我の机に乗っていただろうか。」

「あら、これは………ケンラウヘル様、これをどこで?」

「そこに落ちていたのだ。我の机はいろいろ乗っていたが、こんな物は無かったはず……」

「どうやら古い手記のようですね。しかし不思議な魔力を感じます。あまり触らない方がよろしいかと。」

「ふむ…これはいい物だ。どれ、題名は……」

「………手遅れでしたわ。」

このような書物はケンラウヘルの好きな部類であった。忠告など耳に入らぬ様子で、その分厚い本を拾い上げると、大見出しのサブタイトルを読み上げた。そして……首を傾げる。

「『ケンラウヘル鯖を支配した絶対王者ケンラウヘル』………なんじゃこりゃ?」

と、その時であった!

突如巻物が鈍く輝き、魔法のいかずちが巻物の文字という文字からほとばしる。

「!?……ぬぐっ……ああ……っ…ケレニス!」

「ケンラウヘル……さ…ま………!」

いかずちは光のように2人のそばを駆けずり回り、そして深い闇となって彼らを包むと、やがて収縮し消え去った。

──ケンラウヘルとケレニスもろとも。

 

 

 

 

 

その様子を、影から見ていた男がいる。

「ふむ…実験段階の時間移動魔法を仕込んだ本をトラップに、彼らにぶつけるのは正解だったな。帰ってくることはできんが、行き先は200年前、世界が闇の結社によって混乱していた時代だ。そこで血盟でも作り、望み通り戦に明け暮れた毎日を送るがいい。少なくとも、これでこの時代の厄介な反王は居なくなった。善王の血筋の者が混乱しないよう、魔力で練り上げた傀儡……いくらか穏やかなケンラウヘルを倒させよう。……我々が正義だ。」

謎の男は、ケンラウヘルの執務室に残された手記を手に取る。

「……エルモアデン帝国崩壊後の、アデン大陸に暗黒が訪れた時代。そんな中、自らを反王と呼び、己の親衛隊を結成、凄まじい手腕で仲間を導き、祖国に光をもたらした血盟主が居る。その名も──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

」…………様。ケンラウヘル様。」

ハッと目を覚ました反王は驚きと戸惑いで当たりを見回し、見慣れた顔がそこにあることを確認すると、少し安堵してドサリと毛布にもたれかかった。

「ああ……ケレニスか。もう朝なのか?」

「はい。今日の予定は、昨日反王様がキャンプ地とされたこの森の広場を抜けて、ギラン領地に進軍。夜がふける頃には要塞に入り、敵対血盟が到着するのを待つのみになります。……ケンラウヘル様、どうかしましたか?」

反王は、いまだ夢うつつの心持ちであった。

「いや、先程まで懐かしい夢を見ていてな。昔のことを思い出していたのさ。」

「……ケンラウヘル様。貴方様がそんな調子では、親衛隊の行動に支障が…」

「わかった、わかった。…ほら、我はしゃんとするから、そう力まないでくれ。肩の力を抜け。」

反王はケレニスを宥めると、おもむろに身を起こす。ケレニスに温かいコーヒーと朝食、デザートの甘味を頼んだ。しばらくして朝食を満足に味わった彼は、天幕の中から外を覗いた。

暖かい日差しが彼の目を眩ませ、しかしすぐに慣れる。見えた光景はいつも通りだった。

すでにいくつかのテントは畳まれ、反王親衛隊の朝鍛錬が始まっている。

主君たる反王は、それを眺めながら今晩の戦いのイメージトレーニングをする。その様子には、200年後の世界で民を苦しめていた暴君の姿など見受けられないようだった。

「ケンラウヘル様ーっ!忘れ物ですよー!」

ふと、ケレニスが何やら手に持って駆け寄ってきた。

「おお、すまないな。これを置いていっては、今夜の我らの戦いを記すことができぬ。」

それは、反王が書き始めてしばらく経つ手記であった。戦いの記録や彼の日常を記したその手記が、いつしかめぐりめぐって己の手に渡るなどとは、今の満ち溢れて忙しい彼は思いもしない。

 

 

 

 

『その手記、ケンラウヘル鯖を支配した絶対王者ケンラウヘルによって記されるもの也。進軍逞しく活躍目覚しく、未来永劫語り継がれるべき反王の英雄伝がつづられる。その永遠なる手記、題名は──』

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